横浜地方裁判所 事件番号不詳〔2〕 判決
横浜市鶴見区江ヶ崎二五〇番地
原告
門脇文次郎
右訴訟代理人弁理士
増本一彦
同
川又昭
同
武下人志
同
佐藤卓也
右訴訟復代理人弁護士
山内忠吉
同
吉村駿一
横浜市鶴見区鶴見町一、〇七一番地
被告
鶴見税務署長
古屋博顕
右訴訟代理人弁護士
島村芳見
右指定代理人
丸山喜美雄
同
興梠嘉男
同
小沢邦重
同
岡村俊一
同
渡辺信
同
横山邦男
同
押田茂雄
同
直井敏男
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
(主位的請求)
「被告が昭和四一年一月一一日付で原告に対し、原告の昭和三九年分所得税の更正請求につき、これを棄却した決定は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決。
(予備的請求)
「原告が昭和四〇年一〇月二日付で被告に対し、昭和三九年分所得税の課税標準を一二二万九、一五六円、税額を一五万三、〇〇〇円としてなした修正申告は、無効であることを確認する。」
との判決。
二、被告
主文同旨の判決。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1 主位的請求について
(一) 原告は昭和四〇年一〇月二日被告に対して、昭和三九年分所得税につき、その課税標準を一二二万九、一五六円、税額を一五万三、〇〇〇円とする修正申告(以下、本件修正申告という)をしたが、右修正申告にかかる課税標準及び税額は、それぞれ七九万九、一五六円、一四万二、八〇〇円過大であつたため、昭和四〇年一〇月一五日被告に対して更正の請求(以下、本件更正の請求という)をしたところ、被告は昭和四一年一月一一日付で右更正の請求を棄却する決定(以下、本件棄却決定という)をした。
(二) そこで、原告は同年二月九日異議申立をしたが、被告は同年五月六日これを棄却したので、原告は同年六月一日東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和四二年六月三〇日付でこれを棄却する決定をし、その裁決書謄本は同年八月一日ごろ原告に送達された。
(三) しかしながら、被告の本件棄却決定は昭和三九年分所得税についての原告の過大申告を維持するものであつて違法であるから、原告は被告に対し、本件棄却決定の取消を求める。
2 予備的請求について
(一) 本件修正申告は被告所属の桑原事務官の原告に対する強迫によつてなされた瑕疵ある申告であるところ、原告は昭和四〇年一〇月四日被告に対し本件修正申告を取消し、本件修正申告は無効となつた。
(1) 原告は同年同月二日被告鶴見税務署所得税係桑原大蔵事務官に呼出され、同事務官から、税務署の査定した昭和三九年度の所得として一二二万九、一五六円の数字を示され、「今日すぐ印を押せばこの金額で認めるが、明日になれば査定は二〇〇万円になる。」と語気強くおどされ、さらに「今日印を押さなければ配偶者控除その他の控除を認めない。二〇〇万円の更正決定だ。」と強くおどされた。そのため原告は、過大な課税処分をおそれ、やむを得ず真意に反して、同事務官が作成した「所得額を一二二万九、一五六円、税額を一五万三、〇〇〇円」とする修正申告書に署名指印して本件修正申告をしたのである。
桑原事務官の所為は、原告の無学無知に乗じた強迫というべきものであり、本件修正申告は、強迫に因るものとして取消し得べきである。
(2) そして、原告は同月四日被告鶴見税務署に赴き、桑原事務官及び上司の所得税係長並びに同課長に面接し、本件修正申告の取消の意思表示をするとともに、前記修正申告書の返還を求めた。被告はこれを拒否した。
(3) したがつて、本件修正申告は右取消の意思表示によつて無効となつたというべきである。
(二) 仮に、私人の公法行為たる納税申告について、修正申告、更正請求という法定の手続以外に意思表示の瑕疵を理由として無効を主張しうるのは、その是正を許さなければ納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情の存する場合でなければならないとする見解(最高裁判所昭和三九年一〇月二二日判決民集一八巻一七六二頁)を採るとしても、本件のように法定期間経過後には、修正申告について更正の請求その他の救済措置が一切認められないとする(被告の答弁)かぎり、本件修正申告そのものを強迫を理由として無効としなければ、納税義務者たる原告の利益は著しく害されたままで救済不能となるので、本件の場合、前記見解にいう特段の事情に欠けるところはない。
(三) よつて予備的に、本件修正申告の無効確認を求める。
二、請求原因に対する答弁
1 請求原因1(一)、(二)の事実中、本件修正申告が過大申告であることは否認し、その余の事実は認める(但し、原告の審査請求の日は昭和四一年五月三一日である)。同1(三)は争う。
2(一) 同2の事実中、原告が昭和四〇年一〇月二日被告鶴見税務署に来署して係官と面接し、原告主張の修正申告書に署名指印して提出したこと、原告が同月四日再び来暑し係官及び所得税係長、同課長と面談し、右修正申告書は強制されて提出したものであるから返還して欲しい旨申出たこと、被告がこれを拒否したことは認め、その余の事実は否認する。
(二) 本件修正申告は、原告の真意に基づいたものであつて、原告主張の瑕疵は存しない。その実情は次のとおりである。
原告は、昭和三九年分事業所得について、その申告所得金額の正確さを証明するに足る原始記録等の資料を備えておらなかつたので、被告は、原告の申立や電話番号控帳等により知り得た原告の取引先に対して反面調査を行ない、諸方面からできるだけの資料を集めて原告の昭和三九年分の事業所得を推計計算したのであるが、調査所得金額について未だ事前の内部検討を行なわないうち、原告は昭和四〇年一〇月二日被告鶴見税務署に来署して係官に対し調査の経過を尋ねたので、同係官は、「私の当初の計算では、あなたの所得は二〇〇万円位になりましたが、経費の特殊性を考慮して検討してみると、所得は或程度さがるかもしれません。」と説明した。すると原告が、「その金額はいくらぐらいだ」と質問するので、「二〇〇万円より下だし、一〇〇万円より上です。取引先の反面調査による当初計算では二〇〇万円位になつたのです。」という意味の応答をしたところ、原告から重ねて「実際にどうするのか。」と聞かれたので、同係官は「修正申告を出していただければ結構だが、そうでなければ更正するようになるかも知れません。」と答えると、原告から「修正申告を出す。」との申出があつた。そこで、同係官は上司と相談したうえ、調査による原告の昭和三九年分の所得金額を開示した。しかるところ、原告が自発的に修正申告書の提出を申出たので、同係官が修正申告書所定欄に、右の開示金額の数字を原告に代わつて記入し、原告は、その記載内容を確認した後に自署指印して被告に提出した。
三、被告の主張
1 原告主張の本件更正の請求は、法定の期間を経過した後になされたもので、そもそも不適法として却下されるべかりしものであり、更正の余地ない次第である。したがつて、右更正の請求を棄却した本件棄却決定は、結局取消す理由がないのである。すなわち、
(一) 昭和四一年法律第三一号による改正前の国税通則法(以下、単に国税通則法という)二三条は、納税申告書を提出した者に同条一項各号に掲げる事由のある場合には、法定申告期限から一ケ月以内に限り更正の請求をすることができる旨規定しているが、右納税申告書には、いわゆる期限内申告書(同法一七条)や期限後申告書(同法一八条)はもちろんのこと修正申告書(同法一九条)も含まれるのであるから、修正申告書に対する更正の請求の期間制限も、期限内申告書の場合と同様、国税の法定申告期限を起算日として計算されることは同法二三条の文理上明らかである。
(二) しかして、昭和三九年分所得税にかかる法定申告期限は、国税通則法二条一項七号、昭和二二年三月三一日法律第二七号所得税法(以下、旧所得税法という)二六条により、昭和四〇年三月一五日であるから、更正の請求をなしうる期間は同日から起算して一ケ月間となるものである。
(三) しかるところ、原告は、昭和四〇年一〇月二日に本件修正申告をし、同月一五日に本件更正の請求をしたのであるから、右更正の請求は法定申告期限後一ケ月を経過したもので不適法なものというべきである。
(四) ちなみに、国税通則法二三条が更正の請求の対象となりうる申告に期限内申告の外に修正申告をも含め、他方更正の請求期間を申告後一ケ月とせずに法定申告期限後一ケ月と定めた趣旨は、現行の申告納税制度が、本来民主的かつ能率的な租税行政の運営のため、自己の所得等を最もよく知る納税者の自主的申告に租税債務確定の効果を認め、これに基づき、以後の納付、徴収の手続を進めることを予定した制度であつて、租税法律関係の急速な確定をはかる必要上、申告の効力をいつまでも争えることとすることは相当ではないとするとともに、他面、納税者は所定の申告期間内に申告をしなければならないことから誤つて過大な申告をすることもありうるので、これに対する救済のため、法定の申告期限後さらに一ケ月の再考慮の期間を与え、その期間内に税務署長に対して更正の請求をすることによつて申告是正の途を認めたものと解すべきである。
そうとすれば、本件のように修正申告が更正の請求期間経過後になされた場合には、すでに法定申告期限までの期間に更正の請求期間を加えた期間の間検討の機会を経ているわけであるから、これに対し更に救済期間を認めなくとも、右更正の請求制度の趣旨に反するものではない。
2(一) なお、原告は、旧所得税法二七条の二(更正の請求の特例)が、適正課税の原則から、国税通則法二三条(更正の請求)の特則として設けられている趣旨からして、法定申告期限後一ケ月を経過してなされた修正申告について一切更正の請求ができないとするのは、法の趣旨に反する旨反論するが、旧所得税法二七条の二は、申告後に生じた事情により遡つて申告を修正するという極めて特殊な場合の規定であつて、原告主張のように、その提出の時期にかかわらずすべての申告に更正の請求を認める根拠となるものではない。
(二) 又、原告は、被告は本件更正請求を受理しこれに対し実体的審査を経て棄却処分をしたのであるから、修正申告に対する更正の請求を法定期間経過後もなしうることを被告自ら承認した旨主張するが、被告は原告に対して、本件更正の請求は理由がない旨の通知をしたにすぎないのであつて、その理由の文言に課税上の実体的事実に関する記載があつたとしても、そのため法定期間を徒過したという瑕疵が治癒されるものではなく、本件更正の請求は依然として不適法たるを免れないものである。
四、被告の主張に対する原告の反論
1 修正申告書を提出した場合には、国税通則法二三条の解釈あるいは類推により、当該修正申告のなされた日より一ケ月以内は当該修正申告にかかる課税標準又は税額について更正の請求ができるものというべきである。すなわち
(一) 同条は、確定申告書が提出された場合を念頭において立案されたため、法定申告期限後一ケ月以内に限つて更正の請求ができる旨規定しているにとどまり、修正申告書が提出された場合、その提出が法定申告期限から一ケ月を経過していることのみを理由として当該修正申告についての更正の請求は一切許されないとする趣旨を含むものではないし、かつ同条をそのような趣旨のものと解さなければならない実質的根拠はない。
けだし、課税標準等又は税額等の計算の誤謬は、確定甲告のみならず、修正申告においても当然ありうることであるから、修正申告に更正の請求を認めないとする同条の解釈は、少なく課税してはならないとともに、過大に課税してもならないとする適正課税の原則に反することとなる。
(二) 又、旧所得税法二七条の二は、適正課税の原則を貫くため、確定申告又は損失申告後一ケ月を経過した後でも、同条所定の要件事実が発生したときは、その事実発生後一ケ月以内は更正の請求ができる旨規定して、国税通則法二三条の特則を設けていることに鑑みれば、修正申告について、法定申告期限後一ケ月を経過したときは一切更正の請求ができないとするのは、法の趣旨では決してない。
2 本件棄却決定は、(1)原告主張の所得金額を立証する帳簿の提示がなかつたこと、(2)修正申告額のうち収入金額については、得意先の反面調査の結果から算定したものであること、(3)必要経費については、原告主張額と調査結果判明したものとを控除したこと、以上三点の理由でなされたものであるから、本件修正申告の各課税要件事実を実体的に審査した結果なされたものであり、被告主張のように、法定期間経過を理由としたものではない。しかも被告は、本件棄却決定に対する原告の異議申立に対しても、本件棄却決定に対する理由と全く同旨の理由でこれを棄却した。
このことは、被告自身、本件更正の請求を適法なものとして受理し、修正申告に対する更正の請求は法定期間経過後においても適法になしうることを承認したものというべく、一旦かかる立場を表明しながら、本訴になつて、本件更正の請求は法定期間を経過して後なされたものであるから不適法であるとして、本件棄却決定を維持しようとすることは、禁反言の法理により許されない。
第三、証拠
一、原告
1 甲第一、第二号証。
2 証人岩井勇の証言。原告本人尋問の結果。
3 丁第一号証中、住所並びに署名拇印部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知。第二号証の成立は認める。その余の丁号各証の成立は不知。
二、被告
1 丁第一ないし第三号証、第四号証の一、二。
2 証人桑原正治、同永島良平の各証言。
3 甲第一、第二号証の成立は認め、その余の甲号各証の成立は不知。
理由
一、原告が被告に対して、昭和四〇年一〇月二日本件修正申告をし、同年一〇月一五日本件更正の請求をしたこと、被告が昭和四一年一月一一日右更正の請求を棄却する本件棄却決定をしたのに対し、原告が異議の申立をしたが、被告は同年五月六日これをも棄却したこと、そこで、原告が東京国税局長に対し審査請求をし、右審査請求は昭和四二年六月三〇日付で棄却され、その裁決書謄本は同年八月一日ころ原告に送達されたことは、当事者間に争いがない。
二、主位的請求について
1 被告は、本件更正の請求は法定期間経過後になされた不適法なものであるから、これを棄却した本件棄却決定は適法である旨主張するので、先づ、この点につき検討する。
(一) 国税通則法二三条は、「納税申告書を提出した者は、当該申告書に係る国税の法定申告期限から一ケ月以内に限り、税務署長に対して更正の請求をすることができる」旨規定し、同法二条七号は「法定申告期限とは、国税に関する法律による納税申告書を提出すべき期限をいう」と規定しているところ、右納税申告書に、確定申告書のみならず修正申告書が含まれることは、同法二条六号、一九条に照らして明らかである。そして、旧所得税法二六条一項は、「居住者は、当該年分の所得税については、翌年二月一六日から三月一五日までに確定申告書を政府に提出しなければならない」旨定めているのであるから、国税通則法の解釈としては、その文理上、修正申告書を提出した者も、確定申告書を提出した者と同様、当該年分の所得税に係る納税申告についての更正の請求は、法定申告期限である翌年の三月一五日から一ケ月以内に限り許されるものと解するのほかない。
(二) したがつて、修正申告については更正の請求に関する法規が欠缺していることを前提として、修正申告書の提出があつた場合には、国税通則法二三条を類推解釈して、当該修正申告書の提出の日から一ケ月以内は更正の請求ができるものと解すべきであるとの原告主張は、その前提を欠き、採用しえない。
なお付言すれば、国税通則法は、修正申告を含む納税申告につき、更正の請求をなしうる期間を納税申告後一ケ月とせず、法定申告期限後一ケ月と定めていることは前述のとおりであるが、その趣旨とするところは、結局納税者自身の自主申告に納付税額確定の効果を認める申告納税制度にあつては、納税者は所定の申告期限内に課税標準等及び税額等を申告すべきこととされる関係から、十分な検討を経ることなく誤つて過大な申告をすることもありうるので、その救済のため法定申告期限から一ケ月間の再検討の機会を与え、その期間内に限り税務署長に対し更正の請求をすることができるとしたものと解するのが相当である。
してみれば、法定期限後一ケ月を経過した後になされた修正申告については、更正の請求をすることはできないけれども、そのような修正申告はすでに先行する確定申告について十分に再検討する時間的余裕と機会をもち、かつ修正申告書は、その記載内容について納税者において十分に検討した結果に基づいて作成されるものと予想されるのであるから(修正申告は更正の処分があるまで何時でもできる)、そのような修正申告には更正の請求を認めなくても、更正の請求をしうる確定申告や修正申告の場合に比して、実質的にみて不当に不利益を課するものとはいえない。
したがつて、国税通則法二三条の明文に反して、法定申告期限後一ケ月を経過した修正申告に対して更正の請求を認めなければならないと解することは、実質的根拠に乏しく、法的根拠をも欠くものである。
(三) 昭和三九年分所得税に係る法定申告期限は昭和四〇年三月一五日であり、したがつて、以上の考え方によれば、同日から一ケ月経過後になされた昭和三九年分所得税に係る納税申告に対する更正の請求は不適法として却下を免れないところ、原告の本件更正の請求は、冒頭記載のとおり昭和四〇年一〇月一五日にされたのであるから、不適法として却下のほかなく、したがつて、更正はゆるされないものであるとしてこれを棄却した被告の本件棄却決定は、結局正当であるというべきである。
(四) なお、原告は禁反言の法理を援用するが、その主張は要するに、被告は、本件棄却決定及びその異議申立の棄却決定において原告の昭和三九年分の所得額を実体的に審査した上で、これに基づいて、本件修正申告を過大申告でないとして、本件更正の請求を棄却し、その手続的前提として、法定期間経過後の請求であることを容認受理した立場を執りながら、本訴においては、右立場をひるがえし、更正の請求をなしうる法定の期間を経過後のもので不適法な更正請求であることを理由に、結局棄却を免れないと主張することは、許されない、というにある。
行政処分の取消を求める抗告訴訟においては、当該行政処分の違法性の存否が判断されるのであり、したがつて、被告たる行政庁は、当該行政処分及び不服手続における諸処分の理由となつた具体的事由のみならず、これに拘束されることなく、当該処分を適法たらしめるすべての事由を主張することができるのであるから、被告が、本件棄却決定及びその異議申立棄却決定において理由としなかつた事由を、本訴において主張したとしても、禁反言の法理に触れるところはないというべきであり、したがつて、原告の右主張は、主張自体失当というほかない。
2 そうであつてみれば、過大申告の点につき判断するまでもなく、本件更正の請求を却下した被告の決定は適法であつて、原告の主位的請求は棄却する他ない。
三、予備的請求について
1 原告は、本件修正申告は被告所部の係官の強迫によつてなしたものであるから瑕疵ある申告である旨主張し、証人岩井勇の証言及び原告本人尋問の結果中には右主張に副う供述があるけれども、これらは、証人桑原正治、同永島良平の各証言並びに弁論の全趣旨に照らして措置しがたく、他に右主張事実を認めるに足る証拠は存しない。
2 かえつて、成立に争いのない丁第二号証、住所並びに署名拇印部分についてはその成立につき当事者間に争いがなく、その余の部分については証人桑原正治の証言によつて真正に成立したものと認められる同第一号証、同証言によつて真正に成立したものと認められる同第四号証の一、二、証人桑原正治、同永島良平の各証言を綜合すれば、次の事実が認められる。
原告は昭和四〇年二月二六日被告に対し、昭和三九年分の原告の所得額を四三万円とする確定申告をしたが、被告所部の係官桑原正治は、原告の営業状態について以前実施した概況調査に照らして、右確定申告には過少申告の疑いがあるとして、昭和四〇年七月九日から同年九月六日までの間、原告に対する調査を実施する一方、取引先に対する反面調査等をした。右所得調査の結果、原告の昭和三九年分の所得金額は、試算で一二二万九、一五六円となつた。しかるところ、同年一〇月二日原告が被告鶴見税務署に来署して、同係官に対して所得調査の結果について質問したため、同係官は、「原告の昭和三九年分の所得金額は、二〇〇万円を下廻り、一〇〇万円を超える額である」旨答え、「原告において修正申告をしないときは更正処分をすることもある」旨示唆したところ、原告は自ら修正申告をするから調査金額を教えて欲しい旨申出たので、同係官は上司の永島良平所得税係長と相談のうえ、前記試算金額一二二万九、一五六円を原告の昭和三九年分の所得金額であるとして原告に開示した。原告は、右金額で修正申告をすることを納得し、悪筆であることや修正申告書への記載が容易でないことを理由に、同係官に修正申告書の記入代筆を依頼した。そこで同係官は、原告に代つて修正申告書(丁第二号証)に所要事項を記入したのち、原告に記載内容の概略を説明して原告の署名捺印を求めたところ、原告は、右修正申告書に署名のうえ、印鑑を持参していなかつたため指印して、被告にこれを提出した。
以上の事実が認められ、右認定に反する証人岩井勇の証言、原告本人の供述は措信できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。
3 そうとすれば、原告は何ら強迫のない状態で自由な意思にもとづいて本件修正申告をしたものといわざるを得ない。
さすれば、本件修正申告が強迫によつてなされたものであるとの主張を前提とする原告の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。
四、以上の次第で、原告の主位的並びに予備的請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 立岡安正 裁判官 中村盛雄 裁判官 長門栄吉)